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街角ジゴロ的 独白 by Candle

interview / text by yuko asanuma 2.21.2007

2005年9月にシングル「街角ピエロ / 明日は此処から」でデビューしたラップ・プリンス、Candle(キャンドル)。Vector Omega(Shing02のスタンド、プロデューサーとしての名義)が「明日は此処から」をプロデュースしたことをきっかけに、日本Hip Hopの名門、Mary Joy Recordings のメンバーとして活動を開始。シングルを発表する頃には既にアルバム「街角ジゴロ」制作の構想は出来たという。そして2007年3月9日。満を持してファースト・アルバム「街角ジゴロ」を発表。*リリースを間近に控えた Candle にアルバムの制作経緯などを中心に質問してみた。(*現在は 発売中)

今回のアルバムはご自分でも大絶賛とのことですが、どの辺が気に入ってますか?

「全部。客観的に聴いてもめちゃくちゃカッコいいアルバムだと思います。これ、誰が聴いてもおもしろいと思いますよ」

私が聴いた印象では、自分のラップと相性のいいトラックを選んでいるな、と思ったんですけど、今回最も多くトラックを手掛けているMAGI(マジー)はどういう人なんですか?

「彼はロサンゼルスのプロデューサーですね。超昔3 Melancholy Gypsys(Murs, Eligh, Scarubのトリオ)のプロデュースをしていたらしいです。3年前、DJ Quietstorm が『Soramiro』ツアーをやった時期に、Murs と一緒に来日していて、彼が「日本で自分のビートに合うMCが居たら使ってくれ」って Mary Joy にビートCDを置いていってくれたんです。自分は2002年頃に MAGI が自主で出したインストCDを買って聞いていたので、だいぶ興味があって、レーベルにCDを聞きに行ったんです。そしたら案の定気に入ってしまって、それを彼に伝えたら更にビートを送ってきてくれたんです。自分はレーベルを通してコンタクトとっていたので、直接はまだ会ったことないんですが」

それはキャンドル君自身が選んだんですか?

「選びました。30曲くらいの中から」

でもある意味、Mary Joy が MAGI のビートは Candle に合うだろうと見込んでビートを渡したわけですよね?

Mary Joy 「MAGI の作るビートはかなりエクスペリメンタルで、ラップを乗せるにはちと難しいかな、と思ったんですけど、Candle はそういうのが好きかな、と思って。あとは、Candle がライブで使っているトラックが、電子音っぽくてハネたビートが好きそうだったから」

それで、聴いてみたらやっぱり好きだったと?

「好きでした。非常に。ちょっとビックリしましたね。こんな奴はいないぜ、と思いました。それがなかったら始まらなかったですね」

他の曲はどうやって選ばれたんですか?

「プロデューサーに聞かせて貰ったトラックの中から選んだものもあるし、「こういう曲作りたいから」って言って制作を依頼したものもあります。Khaosist (a.k.a. KK) の曲は2曲とも、聴かせてもらったものから好きなものをピックアップさせてもらって、Inner Science は「ちょっと落ち着いたビートが欲しい」って言ったらその通りのものが来て、Ari1010 もテーマを渡して、それに合ったビートを作ってもらいました。不思議とドンピシャなものが来ましたね」

では、自分でイメージしていたものに近い曲が揃った感じですか?

「近いか、それ以上。それ以下はないですね!」

MCでは唯一、RUMI ちゃんがフィーチャーされていますが、今までにない感じですね。歌ってますもんね。

「ライブでやりたくないって言ってましたね(笑)。どんな顔して出ればいいのか分からないからって(笑)。歌って欲しい、っていうのは僕のリクエストです。RUMI ちゃん歌上手いんですよ」

RUMI ちゃんのどんなところが好きなんですか?

「僕の感覚に近いし、演技上手だからですね。言っていることとか、おもしろいじゃないですか。近い距離にいた人だから、「一緒にやりましょう」っていう話になったら、それはやらないテはないと思って」

どうやって二人で作ったんですか?

「テーマの「バケ猫」っていう言葉を決めて、お互いに1ヴァースだけ書いて、まず歌詞だけを渡し合ったんですよ。それから、Khaosist のビートが5曲くらいあって、それも渡して、僕の中では絶対これだな、って思った曲を RUMI ちゃんも選んできた。「バケ猫」っていう言葉から連想する歌詞も近かったし。何回かミーティングもしたんですけど大して何も決まらなくて(笑)。結局、〆切直前に1日スタジオに入って、そこでその場で書いた部分が大きいですね。スクラッチ入れる場所とかもその場で決めて。スクラッチは DJ Ken-One が合うんじゃないかな、って勝手にイメージしていて、やってもらったらこれもドンピシャで。俺ってすごいな、って思いましたね(笑)」

苦労したこと、難しかったことは何ですか?

「時間を守ったり、一緒にやっている人たちに迷惑かけないようにすることですかね」

アルバムの曲順に意味があると小耳に挟んだんですけど、どんな順番になっているんですか?

「それほど厳密に時系列になっているわけではないんですけど、まずモンモンとした憤りを持った少年が恋を覚え、傷つき、さらに憤り(笑)、だけどそんなことも、Ari1010 が言っていたように、「忘れやすい生き物」なので、忘れていい思い出になり、「明日もがんばろう」っていう気持ちになっていく。そういう人間の、普通のサイクルですよね。「明日は此処から」の後は、結局また元(「おんぶ抱っこアスリート」)に戻るんですよね。繰り返すんです(笑)。人生、これの繰り返しだと思います。大人になったら、例えば子供ができたりしたら全然違うんでしょうけどね。現時点ではこの繰り返しです(笑)」

このアルバムにはとても満足しているけれど、まだまだやりたいことはたくさんあるそうですね。

「満足してるって口では言ってますけど、「こうしたら良かった、ああしたら良かった」っていうところもゴマンとあります。他に入れたかった曲もたくさんあるし。だから絶対に、これが100%ではないです。いっぱいやりたいことがある中の、一つです。でも、自分でいいと思えるものだけ世に出すべきだと思う。自分でいいと思えないものは出す価値がない」

現在日本語ヒップホップは下火だと言われていますけど、そのことについてはどう思いますか?

「僕は盛り上がっていると思ったことがないんで、何とも思わないですね。関係ないです。周りは関係ないですよ。どんな状況でも聴かれているものは聴かれているわけだから、いいものを作れば聴いてもらえるんじゃないですか」



(話をさかのぼって、っつーかインタビューはここから始まったのですが、割愛するにも、ちょっと面白いので、ケツに付け足すことになりました…)そもそも Candle とラップとの出会いとは?

「歌謡曲に入っている”ラップ的なもの”。ラップとして認識して聴いたのはスチャダラパーですね。大昔、『ボキャブラ天国』っていう番組を見ていて、そのエンディング・テーマが『今夜はブギーバック』だったんですよ。中学生の頃はスケボーやってたんですけど、自分と同じズボン”腰履き”している人達が音楽やっている!って思って、速攻CDを買いに行きましたよ」

「今夜はブギーバック」のCD買って、それからどうしたんですか?

「まず覚えましたよね。中学生の頃だから、当然カラオケとか行くじゃないですか。だから、それを自分の得意な曲としてましたね。それで、今度は『新譜堂』っていう深夜番組で、ブッダブランドの「人間発電所」の曲紹介しているのを見た。ほんの15秒くらいなんですけど、それがめっぽうカッコ良くて(笑)。スチャダラパーとは何か違うっていうのを嗅ぎ取って(笑)、ひょっとしたらこっちかもしんない!と思って、これもそっこー買いに行ったんです。それから色々買いましたね、キングギドラとか、ライムスターとか、ソウル・スクリームとか、その辺に出ているものは一通り買いました。それで聴きまくっているうちに、「これはどうやらアメリカが発祥のモノらしい」ってことが分かった(笑)。ラップはラップっていうものだと思ってたんですよ。ヒップホップってものをまず知らなかった。しかも、どうやらレコードで売っているらしいから、レコードを聴かないと本物のBボーイにはなれない、と思って。でもどこから聴いたらいいか分からなくて、とりあえず池袋の<WAVE>っていうレコード屋さんのヒップホップ売り場の「A」のところから片っ端に買ってやろうと思って、2000円握りしめて Artifacts と Alkaholiks を買った(笑)」

ハハハ! いい話じゃないですか!

「それでレコードを買い始めるわけなんですけど、雑誌とか見て、どうやらレコードは渋谷がスゴイらしいってことに気づくわけですよ。雑誌って言っても、『Cool』とか『Boon』とかですよ!その頃すでに『Front』とか出てたけど、そんなの存在すら知らないし。ファッション雑誌のクラブ・スナップでデヴ・ラージの写真とか見つけると切り抜いて下敷きに挟んだりしてましたね(笑)。そういう雑誌を見ると、「M」って書いてある袋を持っている人たちがカッコ良く見えるわけですよ。「今日、マンハッタンで買ったアリーヤです」みたいな(笑)。俺もあの袋もって歩きたいと思って、渋谷に行くわけです。「M」の袋持ってる人に、「マンハッタンってどこにあるんですか?」って聞いて行ってみたら「やべぇ、すごいレコードあるじゃん!」って思って。店員さんとかも超カッコ良く見えるし。でも中に入ったら素人っぽく見られるのも嫌だから、きっと表紙がないレコードを買った方が通っぽいんじゃないかと思って、パッと取って買ったのが、Sadat Xの『Wild Comboys』のインスト盤(笑)」

通(つう)すぎますね(笑)

「家帰って聴いてみたら、ラップ入ってない(笑)! でも、オーバーダブだけ入ってたから、そういう曲なんだと思って、「すげえアヴァンギャルドだな〜」なんて思ったり。それがインスト盤だと気づくのは、だいぶ後になってからですね(笑)。その頃はレコード買うの大好きだから、DJとして活躍するつもりだったんですけど、どうやらこのミックステープに入ってるスクラッチとかは、オカンからもらったレコード・プレーヤーではできないらしい、ってことに気づくわけです。それで研究してみたら、ミキサーってやつを買わないといけないってことが分かって、<Paco>とかに見に行くわけですけど、高くて買えない。でも、とにかく何か参加したいわけですよ。いち早く!そしたら、人の曲のインストに自分のラップを乗せてライブができるって情報をどこかから聞いてくるわけですよ。人の曲に自分の歌詞を勝手に乗せただけで人に認めてもらえて、しかも人前でライブもできるってことが信じられなくて。その発想がスゴすぎるって思いましたね。それだったら僕にも出来るなってことで、ラップを始めるんです」

もともと目立ちたがりだったってことですか(笑)?

「いや、参加したかったんですよ。ヒップホップを真剣に好きな人は何かやってる時代だったから。とにかく何かやりたかった。もともと絵も好きだったから、学校の机とかロッカーに極太マジックでタギングとかして(笑)」

そういう衝動のきっかけってやっぱり "人間発電所" だったってことですかね?

「おそらくそうですね…… でも、ブッダブランドってみんな体格いいじゃないですか。自分はあんまり体格いい方じゃないから、それでもやっていいんだ、って思わせてくれたのはライムスターかもしれませんね。あとは、ポジティブな音楽だな、と思いましたね」

周りにもそういう友達はいたんですよね?

「一人もいなかったですね! 完全に、独りで開拓していきましたね(笑)」

DJを諦めてラップを始めようと思たのは高校生のとき?

「いや、まだ中学生ですね。確か中学の卒業文集でラップでどうのこうのって書いてたんで(笑)」

じゃあ、その頃すでに将来ラップで生きて行くって思っていたわけですね!

「多分、漠然とそう思っていたから、今こうなっているんだと思います」

ラップはどうやって始めたんですか?

「まず歌詞を書きましたよ」

それは Sadat X のインストに合わせて(笑)?

「そう! そこがスゴイところなんですよ! 最初にテープに録った曲が Sadat X の曲でしたからね! そのとき役に立ったと思いましたね。多分、アルバム1枚分全部歌詞書いたと思います。ちゃんとフックの場所も合わせて」

それは、それぞれの曲調に合った歌詞を書いたってことですか?

「その頃から、曲の「頭」だけあって、それに合う曲を探してましたね。最初の一言。最初の一言さえ出れば、あとは何とでもできると思いますよ」

へぇ〜。そういうものなんですか?

「そういうものですね。最初の一言と締めの一言が一番大事だと思います」

曲を書いて、実際自分でラップしてみるわけですよね?

「そりゃ録音しますよ!」

家で、独りでやってるわけですよね?

「当たり前じゃないですか! それしかやり様がないじゃないですか。ワイヤーのハンガーを曲げてマイクを固定するんですよ。家のコンポに付いてきたマイクがあって。確かマイクのレベルの調節ができなかったから、距離で合わせるしかない(笑)。それで録音して、いい感じに録れたやつは残しておいて。だから、その頃に録ったテープは家にいっぱいありますね。それを繰り返しては、学校の友達に聞かせたりしてました。高校に入ったら、Nautica のTシャツ着てるやつがいて、そいつに「ヒップホップ好きでしょ?」って聞いたら「好き」って言ってたけど、そんなこと言われたらキモいだけだから明らかに拒絶されてましたね(笑)。その頃、高校1年の終わりくらいに初めてクラブに行ったんです。最初は昼間のイベントとかに行ってたんですけど、初めて夜に行ったのが六本木の<Nuts>でした。ケンセイさんのやっていたパーティー。それから、毎週狂ったように行ってましたね。ほぼ皆勤賞くらい」

それで変わったことって何かありましたか?

「アンダーグラウンドなヒップホップを知っちゃったってことですかね(笑)。あの頃に、ラップよりも曲の方に興味が行って、ターンテーブルを遂に買いましたね。本当にレコードばっかり買ってた。ケンセイさんがかけているレコードをチェックして、次の日すぐに買いに行ったり。ラップもしてましたけどね。歌詞はとにかく書き続けてました」

ターンテーブル買ったってことは、DJになる夢も諦めてなかった(笑)?

「ターンテーブルが手に入ったらこっちのもんだと思ってましたからね。1日中スクラッチの練習とかして(笑)。でも、どうしても選曲がラップの上手い曲ばっかりに偏っちゃうんですよ。ブート・キャンプばっかりとか。幅がなかった(笑)。僕、首振るよりも、その人のモノマネばっかりやってましたからね。その頃大学の同級生がバイトしていたお店によく飲みに来ていたアカシ君って人に、自分のラップ入れたテープを渡したらメールくれて、「一緒に曲作ろう」って言ってくれて、それで初めてオリジナル曲でCDR作ったんですよ。それを、知り合いの DJ Dopant に聞かせたら「いいじゃん、続けなよ」って言われて、やっぱりラップをやって行こうかなって思いましたね」

それだけ中学生の頃からやり続けたラップの、おもしろいところってどんなところですか?

「自分の思ったことを消化できるってところですかね。字にすると、嫌だったことも良かったことも具体的になるじゃないですか。そうすることによって、自分の中に溜まったものが消化できるんですよ」

では、おもしろいというより、そうした方が自分の調子がいいってことですか?

「そうしなかったら調子が悪いですね(笑)」

ラップが難しいと思うことはありますか?

「ないですね。でも、何でも1枚皮がむけるときって辛いと思うんですよ。「あー、このやり方飽きたな」とか。でも、飽きたことも続けているとズルッとむけるときがあるし、一度止めてみると、次にやり始めたときにすでにむけてるときもあるし。だから辛いときも辛いと思わないで、気分転換して、普通の生活を続けていれば辛くなくなります。っていうか、ラップしてるのに悩むっておかしくないですか?」

いや、ラップしたことないんでよく分からないんですけど……

「(悩むのは)無駄ですね。ラップにすれば、笑い話になりますから」


謝辞: Dj Top Bill(PIZZA ご馳走様でした)


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